観光振興のコンセプトとは。
2007年03月23日/ ◎地域観光振興コンシェルジュ
20日の毎日新聞に『託す・豊かさを求めて:統一選 地方・市民の立場から③ 観光振興/
鳥取』の記事。
三徳山の世界遺産登録を住民の立場から支援しようと、03年結成。
観光客らに歴史や文化を紹介する語り部の育成、周辺の清掃や、昨年
開山1300年を迎え、「御幸行列」の50年ぶりの復活や三仏寺のライト
アップなどに取り組む「三徳山を守る会」は、山陰両県で優れた文化
活動を展開する団体などを表彰する「第19回山陰信販地域文化賞」に
選ばれたが、今年1月、世界遺産暫定リストから落選。事務局任せの
面が強く、会費を払う会員が800人から06年度には500人を切るという問題を抱えていた。
藤井享会長は、行政主導の会運営を見直す時期と感じ、活動の主体を会員、事務局はサポート役とし、3つの専門部会設置を盛り込んだ新方針案を理事会に提案し、戸惑いの中、承認された。
理事会から2日後。藤井会長は、3月上旬に訪問した岡山県真庭市勝山の町並みを思い浮かべた。
約160軒の軒先に、自慢のひな飾りが並ぶ「おひなまつり」。99年に住民主導で始まり、今では4万人が
訪れる。期間限定とはいえ、住民が一体となった取り組みは、理想的な姿でもあった。
三徳山には、03年の5万人から06年は8万人が訪れたが、三朝温泉の宿泊客は03年の
43万人から06年は40万人に減少。活動が温泉街の活性化に結びつかず、ある理事は
「みんな自分の仕事で精いっぱい」と嘆く。
国宝・投入堂を見るたびに、藤井会長はその美しさと威容に圧倒される。
「みんな三徳山への思いは同じはず。ただお互い苦しいのも分かる」
行政は民間に自立を促すが、余裕はない。山陰を代表する名湯の町・三朝も揺れている、
という内容。
記事には、このブログで取り上げた「鳥取砂丘イリュージョン、存続に暗雲」問題で、イベント存続に
向け模索する鳥取県砂丘室の展望が、未だに開けてこないことも書かれている。
藤井会長が「住民主導で理想的な姿」と感じた勝山は、出雲街道沿いに続く白壁と連子格子の「町並み保存地区」が美しい城下町。
勝山の酒屋の一人娘で生まれ育ち、家業を手伝うため東京から勝山に戻った加納容子さんが、大学で学んだ機織りで「ひわだ色」ののれんを
店先に掛けたところ、「きれいだね」と街の人が足を止め、「向かいの
看板が反射してまぶしい」と近所に頼まれたのれんがまた評判を
呼んだ。町おこしグループが目をつけ、当時の町にかけあって制作費の助成が決まった。家紋や屋号の
ほか、トマトや自転車など店の売り物の模様などを染め抜く。1年後、徐々に注文が増え、加納さんは
酒屋をたたんで、「ひのき草木染織工房」を構えた。
今や勝山は「のれんの町」として知られ、06年には全国から18万5千人が訪れた。
加納さんは05年2月、広島で開催された第3回「夢街道フォーラム」のパネルディスカッションで
次のように語っている。
「今では、800mの出雲街道に80枚もののれんがかかり、観光客の方にも喜んでいただいて
います。「のれんマップ」ももうすぐ完成です。おかげで、人々のコミュニケーションが良くなり、
「勝山のおひなまつり」という新しいことも始まりました。今では4万人もの観光客に来て
いただけるようになりましたが、それでいいのかという複雑な思いもあります。 私たちはよそから
来る人のために「まちおこし」をしたのではなく、毎日の暮らしの中で楽しいことをしていくことが
まちづくりになったのです。町を大切にし、人を大切にしてやっていることが、みんなの心を明るく
しているように思います。観光客には、私たちのこんな暮らしぶりを見ていただいて、こんなまちが
いいなぁと思っていただけたらいいと思います。みやげ物屋がたくさんあるようなまちにはなりたく
ないのです。」
「誰が、何のため」の観光振興なのか。
仮に地域の総意として観光振興が必要ならば、そのコンセプトはきっと「苦しい」ものではなく、
加納さんが言う「自分たちが楽しいことをやる」ことなんだと強く感じる。
■三徳山
地図はこちら ■真庭市勝山
地図はこちら
鳥取』の記事。
三徳山の世界遺産登録を住民の立場から支援しようと、03年結成。観光客らに歴史や文化を紹介する語り部の育成、周辺の清掃や、昨年
開山1300年を迎え、「御幸行列」の50年ぶりの復活や三仏寺のライト
アップなどに取り組む「三徳山を守る会」は、山陰両県で優れた文化
活動を展開する団体などを表彰する「第19回山陰信販地域文化賞」に
選ばれたが、今年1月、世界遺産暫定リストから落選。事務局任せの
面が強く、会費を払う会員が800人から06年度には500人を切るという問題を抱えていた。
藤井享会長は、行政主導の会運営を見直す時期と感じ、活動の主体を会員、事務局はサポート役とし、3つの専門部会設置を盛り込んだ新方針案を理事会に提案し、戸惑いの中、承認された。
理事会から2日後。藤井会長は、3月上旬に訪問した岡山県真庭市勝山の町並みを思い浮かべた。
約160軒の軒先に、自慢のひな飾りが並ぶ「おひなまつり」。99年に住民主導で始まり、今では4万人が
訪れる。期間限定とはいえ、住民が一体となった取り組みは、理想的な姿でもあった。
三徳山には、03年の5万人から06年は8万人が訪れたが、三朝温泉の宿泊客は03年の
43万人から06年は40万人に減少。活動が温泉街の活性化に結びつかず、ある理事は
「みんな自分の仕事で精いっぱい」と嘆く。
国宝・投入堂を見るたびに、藤井会長はその美しさと威容に圧倒される。
「みんな三徳山への思いは同じはず。ただお互い苦しいのも分かる」
行政は民間に自立を促すが、余裕はない。山陰を代表する名湯の町・三朝も揺れている、
という内容。
記事には、このブログで取り上げた「鳥取砂丘イリュージョン、存続に暗雲」問題で、イベント存続に
向け模索する鳥取県砂丘室の展望が、未だに開けてこないことも書かれている。
藤井会長が「住民主導で理想的な姿」と感じた勝山は、出雲街道沿いに続く白壁と連子格子の「町並み保存地区」が美しい城下町。勝山の酒屋の一人娘で生まれ育ち、家業を手伝うため東京から勝山に戻った加納容子さんが、大学で学んだ機織りで「ひわだ色」ののれんを
店先に掛けたところ、「きれいだね」と街の人が足を止め、「向かいの
看板が反射してまぶしい」と近所に頼まれたのれんがまた評判を
呼んだ。町おこしグループが目をつけ、当時の町にかけあって制作費の助成が決まった。家紋や屋号の
ほか、トマトや自転車など店の売り物の模様などを染め抜く。1年後、徐々に注文が増え、加納さんは
酒屋をたたんで、「ひのき草木染織工房」を構えた。
今や勝山は「のれんの町」として知られ、06年には全国から18万5千人が訪れた。
加納さんは05年2月、広島で開催された第3回「夢街道フォーラム」のパネルディスカッションで
次のように語っている。
「今では、800mの出雲街道に80枚もののれんがかかり、観光客の方にも喜んでいただいて
います。「のれんマップ」ももうすぐ完成です。おかげで、人々のコミュニケーションが良くなり、
「勝山のおひなまつり」という新しいことも始まりました。今では4万人もの観光客に来て
いただけるようになりましたが、それでいいのかという複雑な思いもあります。 私たちはよそから
来る人のために「まちおこし」をしたのではなく、毎日の暮らしの中で楽しいことをしていくことが
まちづくりになったのです。町を大切にし、人を大切にしてやっていることが、みんなの心を明るく
しているように思います。観光客には、私たちのこんな暮らしぶりを見ていただいて、こんなまちが
いいなぁと思っていただけたらいいと思います。みやげ物屋がたくさんあるようなまちにはなりたく
ないのです。」
「誰が、何のため」の観光振興なのか。
仮に地域の総意として観光振興が必要ならば、そのコンセプトはきっと「苦しい」ものではなく、
加納さんが言う「自分たちが楽しいことをやる」ことなんだと強く感じる。
■三徳山
Posted by コンシェルジュ『J』 at 23:35│Comments(0)│TrackBack(1)
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